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ミツバチと共に90年――

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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

蜂蜜色

中島 ブフ

 

 義父は、農業を生業としていたが、実に豪気な人であった。
 ある日、何を思ったか、義父が引退した競馬馬を買ったと妻から聞いた。その数か月後。久しぶりに招かれた夕食時、目の前の大皿には山と積まれた肉があった。
 「まさかこれは馬肉ですか?」と聞くと「そうだ。エサをのどに詰まらせて死んじまった。お前は馬肉が好きだろう。うんと食え!」と平然と返された。
(いくら好きでも、ものには程度というものがあるでしょ)とは言えなかった。
 またある日、当時流行った竹炭を作るのだと、畑の一角に大きな炭焼き窯を造り、せっせと竹炭造りを始めた。
 竹はもちろん、トウモロコシに栗に薔薇などなど、なんでも燃やして炭にした。珍しさも手伝い、しばらくは話題となっていたが、半年後には釜から煙が上がることはなかった。
 「あれ、竹炭作りはどうしたんですか?」
 「飽きた」の一言。
 畑には残された穴窯に草が茂り、まるで小さな古墳然として残された。
 このような例は数多あれど、とにかく大きいもの好きな義父が晩年のめり込んだのは、こともあろう小さな蜂であった。
 ひとつは蜂治療であった。
 「これはなんにでも効くんだ。親戚の○○に試したら、長年の膝の痛みがとれたんだ。こんどは△△の腰に針を刺してやることになっている。お前は肩が痛いと言ってたな。こんど針を刺してやろう」
 「は、はい。でも、近頃は調子がいいので・・・」
 そのうちに、畑には巣箱がいくつも並べられた。今度は蜂蜜を採るのだという。
 初夏、巣箱は義父の知人の畑や山林に運び込まれ、初秋には畑に戻って来る。
 私の家は義父の畑の一角にある。つまり、私の家の庭先に蜂が飛び回ることとなるわけである。
 「悪さはしねーが、頭には気を付けろ。蜂は黒いものに寄って来る習性があるからな。ま、刺されたって死にゃしねーよ。ハッハッハ」とこんな調子であった。
 結果として、私と息子、それに近所の人を含め5人ほどが痛い目にあった。
 「もういい加減にしてくれないかな」
 私達が辟易としていたころ、蜂蜜が入った大きめのガラス瓶が届いた。
 「混じりっけなしの本物だ。舐めてみろ」
 ぶっきらぼうに言われて舐めた蜂蜜の何と甘かったことか。
 「うわー、きれいだな」
 ずっしりと重いガラス瓶を陽にかざしてみた。
 この時、日焼けした義父の顔色が蜂蜜色に染まって見えた。
 その義父も亡くなって久しい。
 たまに、旅行先などでガラス瓶入りの蜂蜜を見ると、ふと、豪気だった義父の笑顔が浮かんでくるのである。

 

(完)

 

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